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2005.06.18

伊勢えびの腰はなぜ曲がったのか

むかしある村に、とても大きなかえるがいた。そのかえるは「自分は世の中で一番大きな生き物だ」と信じ込み、他のかえるにも吹聴していた。そのかえる、ある日突然暇つぶしにとお伊勢まいりにでかけることになる。

旅の途中そのかえるは、まるで舗装されたようなきれいな道に出会う。一日歩き、疲れを取るために休み、道端で一晩を過ごす。

ところが朝起きてみてびっくり。一日かけて歩いたあの道は、大蛇の背中だったのだ。「背中がむずむずすると思ってたがお前だったのか」と大蛇に叱責され、そして「今まで一番自分が大きい」と思っていたかえるよりはるかに大きな生き物、大蛇を目の前に、かえるは気絶してしまう。

その大蛇もお伊勢まいりに赴くことに。しばらく進み続け、暑さに耐えかねた大蛇は日影でひととき休憩。だがその日影が急に動き出す。ふと空を見上げると、そこには大空を覆いつくすかのように翼を広げた大わしが一休み中。その大きさに、無い腰を抜かす大蛇。

「わしもお伊勢まいりに行くとするか」と洒落かどうかは知らないが、大わしもお伊勢まいりの旅に。そのひとはばたきでおきた風によって、大蛇は吹き飛ばされてしまった。

しばらく飛び続けた大わしもさすがに疲れ、海の中から突き出ている棒につかまり一休み。そしてまた飛び立ちしばらく経つも、お伊勢さまはおろか陸地すら見えてこない。へとへとになった大わしをすくったのは、先ほどと同じような棒。思わずしがみつく大わし。

ところがその刹那、棒がぴくぴくと動き出し、海の中からうなり声が。「俺のひげにつかまっているのは誰だ。こそばゆいから降りてくれ」。その声と共に海面からは、大わしをはるかにしのぐ大きさのえび。えびの動きに海はおおしけとなり、大わしは振り払われて飛ばされてしまった。えびにしてみれば大わしですら単なるハエ程度にしか思えなかったのだ。

そしてその大えびもお伊勢さまを目指す旅に出る。海の底の歩行に疲れた大えびは、休むのにぴったりな穴を見つけ、その穴で一晩を過ごす。ところが朝になり、目を覚ました大えびを襲う大地震。そして穴から吹き出す水に、大えびは天高く吹き飛ばされてしまう。

えびが穴だと思っては言っていたのは、くじらの背中にある、潮吹き穴だったのだ。

くじらに飛ばされた大えびはそのままお伊勢さままで飛ばされ、お伊勢まいりを果たすことはできた。しかし落ちたときに強く腰を打ってしまい、腰が曲がってしまう。それからは伊勢で取れる腰が曲がった大きなえびのことを、伊勢えびと呼ぶようになったということだ。


おしまい。

【補助解説】
物事や言葉の由来を説明する昔話。似たような話で「ネズミの結婚」を思い出した人も多いだろう。あちらは「結局お宝は身近にあるものだ」という教訓を示していたが、こちらは単に面白話としてのオチで話を締めくくっている。もっとも、伊勢えびの背中がああなっている原因はこの話の通りではないので、念のため。

ちなみに「伊勢参り」とは伊勢神宮に参拝することを目的とした旅のこと。江戸時代に流行った庶民習慣で、単に神宮へ参るだけでなく、その過程における諸国漫遊を楽しむことの方がメインだったようだ。いわば「伊勢神宮へ」というのは大義名分だったと言っても過言ではない。

【何を学ぶか】
「井の中のかえる」ではないが、「世の中は広く、自分のいる立場がもっとも上だと過信するのは愚かなこと」という戒めを表している。何度か続けて利益を得たり大きな勝利をもぎとっても、それで天狗になるのは間違い。上には上がいるものだ。自分の現状に酔いしれることなく、常にさらなる上を求めるべきだろう。向上心こそが人間を成長するためのエネルギーとなる。

また、大わしもえびにしてみれば「単なるハエ」程度にしか見えなかった。大きな規模の市場の中では、個人投資家の行動など何の影響も及ぼさない。「己のさまざまな限界を知った上で行動や判断をしないと痛い目にあう」ということだろうか。言い方をかえれば「大資本家や機関投資家の手のひらの上で弄ばされないよう注意せよ」とも読み取れよう。

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