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2005.07.09

わらしべ長者

むかしある村に伍助という貧しい若者がいた。彼は何をやってもうまくいかず、いくら働いても暮らしは楽にならなかった。そこで伍助、村のお堂にある観音様に必死の願掛けをした。

三日三晩続いた願掛けの後、ついに観音様からお告げがあった。曰く「ここを出るとお前はすぐに転ぶ。その時に手につかんだものを大切に持ち、西に向かって歩いて行け。それがお前の幸運のはじまりだ」とのこと。

お堂を出た伍助、案の定転んだが手にしたものは一本のワラ。「ただのワラじゃないか」と思いつつ、観音様のお告げだからと大切にワラをつかみ、西に向かって歩き続けた。

しばらくすると伍助の周りにアブが飛び回り、いつまで経っても離れない。ぱっと手でアブをつかみ、持っていたワラにくくりつけた。「ワラでも何かの役には立つものだ」

さらにしばらく歩くと、伍助は泣きじゃくる子供をおぶったおばあさんに出会う。その子供、伍助の持っていたアブつきのワラを見てぴたりと泣き止み、大喜び。「観音様のお告げで手に入れたものだけど……」とちょっと口惜しいが、子供が喜ぶならばとワラを差し出した。おばあさんはワラのお礼に、とミカンを三つ、伍助に手渡した。

ミカンを手に入れ町外れまで歩いてきた伍助、今度は二人連れの旅の者と出会う。よく見れば、娘の方が苦しそうにお腹を押さえている。「水がほしい……」。だが近くには水も泉も家もない。

気の毒に思った伍助、先ほどもらったみかんを娘に差し出した。娘はもらったミカンを食べ、みるみる顔色が良くなり、元気になった。

おじいさんと娘はミカンのお礼と言って、伍助が見たこともない素敵な絹の反物を三反もゆずってくれた。「ご恩は忘れません。ありがとうございました」。そういうと、驚く伍助を後に、娘とおじいさんは去っていった。

もらった反物を持ってさらに西に進むと、今度は伍助の前に侍が現れた。曰く、自分の馬とお前の反物を交換してくれ、とのこと。侍の後ろには馬が一頭倒れている。今はちょっと横になっているがなかなかいい馬だぞ、と。

伍助が考える間も無くその侍、反物を奪い取って逃げ去ってしまった。伍助の前には侍が持っていた、死にかけた馬一頭。ついてないな、と思いながら馬が可愛そうになり、水をやったり身体をこすってあげたりと、必死の看病をしてあげた。

するとどうだろう。しばらくするとその馬、元気を取り戻し、ひひーんといなないた。「よかったよかった」伍助は自分のことのように喜んだ。

馬には乗れない伍助、助けた馬を連れてさらに西へと歩き続ける。やがて城下町にたどり着いた彼は、馬を売り買いする店にたどり着き、馬のエサを買い求めようとした。ところが伍助の馬を見た店の小僧さん、この馬はとてもいい馬だとびっくり仰天。店の旦那を呼んできた。

町一番の長者様でもあるこの店の旦那、伍助の馬をたいそう気に入り、五百両、いや千両で買い取ろうといいだした。あまりの巨額さに伍助は思わず目を回す。

そこに長者の娘がお茶を持って入ってきた。この娘、先に伍助がミカンを差し出した、あの娘だったのだ。娘の看病で目が覚めた伍助、目の前に見覚えのある美しい娘がいたのでさらにびっくり。

娘から話を聞いた旦那は伍助に話しかけた。娘は家に戻ってからあなたの話ばかりしている。今回もあわせて何かの縁かもしれない。どうだろう、馬の件だけではなく、娘の亭主になってうちを継いでくれないかと。

「娘さんの亭主に? 旦那さんの跡継ぎに!?」恥ずかしさと驚きで、伍助は慌てふためいた。

こうして伍助は観音様のお告げ通り、ワラ一本から長者様になった。長者となった伍助はおごることもなく、観音様の「ワラ一本を大切に」という教えを忘れず、一生懸命働いた。やがて彼は「わらしべ長者」と呼ばれることになったという。


おしまい。

【補助解説】
おおもとの話は、13世紀はじめに作られた民間伝承を集めた鎌倉時代の説話集「宇治拾遺物語」。時代を反映して仏教色の強いお話が多く、この「わらしべ長者」でもそれが現れている。話に出てくる観音様は、奈良県の長谷寺のものだとも言われている。

【何を学ぶか】
昔話の一つのパターンである「少しずつ~になっていく」という「だんだん話」の典型的な例としてよく挙げられる「わらしべ長者」。元々は「観音様を信仰し続ければ必ず幸せが来る」という宗教色が強いが、その点さえ除けば成功した投資家たちのエピソードにも似ているような気がする。つまり「無理せず無茶せず自分のスタイルを守り続けることで、ひとときはへこむ心境に追いやられることもあるだろう。だが、そのスタイルが正しいもので間違いさえ犯さなければ最終的には大きな利を得られる」というところだろう。もちろん伍助の場合、観音様という絶対指針があったからこそ、なのだが。

はじめはワラ、ミカン、反物、馬、そして長者の地位と素敵な嫁さん。伍助が手に入れたものを見ていると「少しずつ利を重ねて、手持ちの資産を増やしていく」という投資の理想的スタイルも見て取れる。また、苦しんでいる娘に躊躇なく手持ちのミカンを差し出したり、死にかけている馬を渡された際にいじけることなく必死に看病したことが結局プラスに働くなど、「誠実な行為が他人も自分も助ける」ということわりも見て取れる。あまり投資とは関係ないけどね(苦笑)。逆説的に考えれば、投資判断の際に不誠実なことを繰り返していると、一時期は利を得られるかもしれないが、必ずしっぺ返しを食らう、ということなのだろう。

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